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最高裁判所大法廷 昭和47年(あ)2613号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人牧志要の上告趣意のうち、違憲をいう点は、本件の第一審手続は日本国憲法の適用下にない琉球政府の裁判所において人権保障の面で不十分な法制のもとで行なわれたものであるのに、沖繩の復帰に伴う特別措置に関する法律(以下「特別措置法」という。)二六条二項一号、二七条二項、二八条一項により、これがそのまま承継されることとなるのは、沖繩県民を不当に差別し、日本国憲法のもとにおける審級の利益を奪うものであつて、右各規定は憲法一四条、三一条に違反するものである旨の主張である。

記録によれば、被告人は、沖繩の刑法の威力業務妨害、同教唆、琉球列島米国民政府布令一四四号二、二、五所定の銃器弾薬不法所持の各罪につき、琉球政府の那覇地方裁判所コザ支部において第一審の併合審理を受け、一九七〇年(昭和四五年)三月一一日、公訴事実につき一部有罪、一部無罪の言渡しがあり、同日これに対して同政府の琉球高等裁判所に上告を申し立てたのであるが、同裁判所における第一回の公判で弁論を終結したのち、いわゆる沖繩復帰を迎え、引きつづき福岡高等裁判所那覇支部において弁論再開のうえ、控訴審としての第二回以後の審理を受け、昭和四七年一一月一六日、量刑不当の理由により第一審判決が破棄され、懲役一年六月の主刑の言渡しを受けたものである。すなわち、被告人が日本国憲法のもとで審判を受けたのは控訴審における第二回公判以後のことであつて、第一審の審判は沖繩の法令のもとにおいてされたものであるのに、特別措置法の所論各条項によつて、本件の審理が控訴審において続行されることとなつたことにより、被告人については日本国憲法のもとにおける第一審の審判が形式上省かれる結果となつたことは、所論のとおりである。

しかしながら、本件の第一審の審判は、沖繩の刑事訴訟法(一九五五年立法第八五号)、同刑事訴訟規則(一九五六年上訴裁判所規則第二八号)その他の刑事関係法令にしたがつて行なわれたものであることは前記のとおりであるところ、その第一審の審判に関する規定は、速記に関するものを除き、形式および内容においてことごとく本土の関係規定に類似しており、特に逮捕、勾留、捜索、押収等の強制処分における令状主義の保障、被告人の証人審問権、弁護人選任権、供述拒否権の保障、一事不再理の保障、公正な裁判所の保障等、刑事手続における基本的権利に関して日本国憲法の明文の定めのある諸事項については、彼此の関係法令の間に実質的な差異はまつたく存しないといつて差支えない。それゆえ、このような沖繩の法制のもとに行なわれる第一審の審判もまた、その手続および内容において、本土のそれと実質的差異はないものと認めるにかたくない。特別措置法二七条一項、二項の規定は、沖繩の法令のもとで行なわれた刑事手続に関する事項および効力につき、沖繩復帰後、これを本土の刑事関係法令上の相当規定に関する事項および効力とみなし、この場合、沖繩の刑事訴訟法四一五条に規定する上告は本土の刑事手続における控訴に相当するものとし、あらためて本土の法令に基づく手続のやり直しを要しないこととしているが、右のような彼此の刑事手続の実質的同一性にかんがみれば、このような措置にも十分な合理性があるということができる。なお、復帰前に行なわれた刑事手続に瑕疵がある場合において、本土の法令に基づく事後的是正の途が開かれていることは、いうまでもない。したがつて、以上の措置を定めた特別措置法の前記規定には、その実質において、沖繩の法制下にあつた沖繩県民に対し本土の日本国民と同一の刑事手続上の地位を保障する点で欠けるところがあるとは認められず、これをもつて沖繩県民を不当に差別し審級の利益を実質的に損なう不合理なものであるとすることができないことは明らかである。また、特別措置法二六条二項一号、二八条一項の各規定は、沖繩復帰に伴なう沖繩における刑事裁判権の配分を定めたものであつて、本来立法府の裁量に委ねられた事項に関する規定であるところ、その内容については合理性を肯認するに十分であり、本土における場合に比較して特に沖繩県民に不利益を課するものとは認めがたいから、これをもつて立法上の裁量の範囲を逸脱した規定であるとすることはできない。

以上のとおりであつて、違憲をいう所論はすべて理由がないことが明らかであり、その余の所論は、量刑不当の主張であつて、適法な上告理由にあたらないものである。

なお、記録を調べても、刑訴法四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて、同法四〇八条により主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官全員一致の意見によるものである。

(村上朝一 大隅健一郎 関根小郷 藤林益三 岡原昌男 小川信雄 下田武三 岸盛一 天野武一 坂本吉勝 岸上康夫 江里口清雄 大塚喜一郎 高辻正己 吉田豊)

弁護人牧志要の上告趣意

第一点 原判決は、憲法の違反があり、その違反は判決に影響を及ぶすことが明らかであるから破棄されなければならない。

一、沖繩復帰に伴う特別措置に関する法律第二六条第二項第一号、同法第二七条第二項及び同法第二八条第一項は憲法第三一条に違反し、右規定によつて審理・判決をした原審の訴訟手続もまた憲法に違反する。

二、右規定によれば、刑事事件に関し琉球政府の高等裁判所が上告審として裁判権を有していた事件については高等裁判権を有するものとされ(第二六条第二項第一号)、その訴訟係属は当該事件について裁判権を有する裁判所(その裁判所が二以上あるときは、同法施行の際当該事件が係属している琉球政府の裁判所と管轄区域を同じくする裁判所)に係属するされ(第二八条第一項)、その訴訟手続は刑事訴訟法第三編第二章に定める控訴に関する規定によるものとされる(第二七条第二項)のである。

即ち、右の事件については、地方裁判所における第一審手続は行わないとする。

又、原審がこの規定によつたことも明らかである。

三、ところで、復帰前の沖繩では「訴訟手続の面で日本国憲法からみて人権の保障に欠ける」とされる。(法律時報臨時増刊「沖繩協定」一〇六頁参照)してみると、復帰後は、憲法の下における裁判所の裁判を受ける機会を十分与えることが平等の原則に適うものといわねばならない。

しかるに、右規定は、この機会を第一審手続に与えることをせず右事件をいきなり控訴審に係属させるものであり裁判を受ける側の沖繩県民と他の一般国民を区別する不合理な規定である。これはすなわち“適正な手続規定”を要請する憲法第三一条に違反する法律といわねばならない。

そして、この法律によつて審理・判決をした原審手続も違憲であり、その違憲は判決に影響を及ぶすことが明らかである。

第二点 省略

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